大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和40年(手ワ)3288号 判決

原告 山口隆康

被告 小椋已代治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

〈全部省略〉

理由

被告本人尋問の結果により被告の筆跡であることが認められる乙第一号証における被告の氏名の記載を対照しても、甲第一号証の一、同第二号証の各表面における被告の署名部分がその自筆にかかるものであることは、たやすく認めがたく、ほかに右事実を認めるに足る証拠はないから、被告が原告主張の(イ)の小切手(甲第一号証の一)および(ロ)の小切手(甲第二号証)に振出人として自署して、これを振出したことを認めることはできないわけである。

原告は右各小切手の署名をもって、被告の授権に基き並木健が代行したものである旨を主張するが、さような事実を認むべき証拠はないのみならず、並木健がかって、しばしば被告の依頼により、その小切手口座の存する株式会社第一銀行荻窪支店から新たに被告の振出の用に供すべき小切手帳を受領したことは当事者間に争いがなく、右事実に、甲第一号証の一、同第二号証の記載自体、被告本人尋問の結果により真正に成立したものと認める乙第二号証、同第三号証の一、二ならびに右尋問の結果および証人並木健の証言を併せ考えると、むしろ、並木は右のような事情で右銀行の担当者とも通謀があったところから、昭和四〇年五月ごろ被告の承諾がないのに、有合せた小切手帳引換証に被告の筆跡を真似て、その作成名義を作出し、これを右銀行に提出して、同銀行から新たに被告の振出の用に供すべきものとして、支払人およびその肩書付記地、振出地のほか、振出人において自署し捺印はしない旨を刷込んだ、いわゆるパーツナル・チェック二五枚綴の小切手帳を受領し、その小切手用紙二枚を使用し、振出人欄に被告の筆跡を真似て、その氏名を記載し、金額欄にはいずれも金一五万円、振出日欄にはそのうち一枚(甲第一号証の一)につき昭和四〇年八月五日、他の一枚(甲第二号証)につき同月二五日と各記載して、本件、(イ)(ロ)の各小切手を順次に作成したものであって、被告はこれを全く関知しなかったことが認められるのである。

次に、原告の表見代理の主張について判断するが、被告がしばしば前記のような小切手帳を前記銀行から受領することを並木に依頼したことは前記認定のとおりであり、被告が並木の持参した同銀行支給の小切手一冊もしくはそのうち若干枚の小切手用紙に一括して振出人として自署し、これを同人に交付するとともに、その金額および振出日の記載を同人に委ねたこと、しかして、並木が右各小切手に適当な金額および振出日を記載して、これを他に交付し、自己の経済的用途に充てたうち、これらにつき、その支払資金を右銀行における被告の小切手口座に預け入れて決済していたことは当事者間に争いがなく、証人並木健の証言によれば、右のような関係は昭和三七年ごろから昭和四〇年三月ないし四月ごろまで継続したことが認められる。しかしながら、並木が被告の依頼によって銀行から小切手帳の交付をうけた行為は単なる事実行為にすぎない。また、被告が振出人として自署した小切手を並木に交付して、その金額および振出日の記載を同人に委ねたのは特別の事情がない限り、自らその記載をなすべきことを予定し、これにつき代理権を与えたものではなく、その所持人による白地部分の補充を予定した、いわゆる白地小切手の補充権を与えたものと解するのが相当である。したがって、並木が右小切手につき適当な金額および振出日を記載したのは自己の取得した固有の白地補充権を行使したにすぎず、被告のなすべき証券作成行為を代理したものということはできない。

してみると、さきに認定した事実をもってしても、民法第一一〇条の表見代理の成立に必要な基本代理権の授与があったものとは認めがたく、ほかに、この点に関する主張立証はないから、原告の表見代理の主張はその余の判断をするまでもなく理由がないこと、明らかである。〈以下省略〉。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例